あれからかれこれ53年になる。1970年3月24日は都心からの蒸気機関車(蒸機)による列車が最後を迎えた日である。都心という基準があいまいだが、東京23区内としておこう。その後鉄道100周年記念列車が …
JRが日本国有鉄道(国鉄)であった時代、日本各地たとえば東京から信越方面には特急「白鳥」、急行「白山」「志賀」、準急「あさま」といった名列車の数々が走っていた。1961年秋のダイヤ改正時には336の愛 …
今年1月7日のBSフジ「鉄道伝説」第106回は、日立製作所笠戸事業所(日立笠戸)を取り上げていた、日立笠戸といえば国産初の大型(当時としては)電気機関車ED15に始まり、新幹線0系から英国鐡道800系 …
2022年12月1日の朝日新聞朝刊、東海総合版の東海歌壇に「駅員が切符を切らなくなってから鉄道の旅は旅情を失った」という趣旨の短歌があった。確かに今は駅員が切符を切らないどころか「チケットレス」で切符 …
蒸気機関車(蒸機)といえば「デコイチ(D51)」といわれたこともあったが、私の心の中では「蒸機といえばC57」であろう。D50も大好きだったが身近にはいなかった。しかしC57は私の自宅からもその走る姿 …
昨日10月14日は日本における鉄道開業150周年の記念日だった。今年はさまざまなイベントが各地で行われている。私も鉄道ファンのはしくれとして何かせねばと思ったが、腰を痛めているのが災いして、13~14 …
昭和50年(1975年)12月4日の桃浦駅の入場券①が出てきた。その時の写真も何枚か出てきた。 この頃この鉄道は関東鉄道(株)鉾田線と呼ばれていた。もともとは常磐線石岡駅から鹿島神宮を目指して建設され …
1975年5月17日、私はその前日深夜23時45分新宿発-長野行き鈍行で、3時17分に、早朝といってもまだ真っ暗な甲府駅に降り立った。身延線にしかいない旧型国電と古い電気機関車ED17を撮るためである …
四国の鉄道を撮りに行ったのは過去2回だけ。その一つが、大阪に出かけたついでに、大阪港21時半発神戸・土庄(淡路島)経由高松港4時50分着という夜行便で、高松琴平電気鉄道(以下「琴電」)を日帰りで見に行 …