• MY HOBBIES / Kenichi Hamana

先月のコラムに、「くろしお」と「あすか」を主体にキハ80系について書いた。
その際写真を探してみたが、他の線区でもずいぶんキハ80系を見たり乗ったりしたが、意外と写真を撮っていなかった。あの頃は蒸気機関車(蒸機)の終焉期で、蒸機を撮るためにキハ80系の特急で移動していたのだと、今頃になって思うのだった。
出雲でC57やD51を撮った後、浜田から北九州の小倉まで特急「まつかぜ」に乗ったことがある。この時、水害の影響で山陰本線が一部不通になっていて、「まつかぜ」は石見益田から山口線に入り、山陽本線の小郡経由になっていた。それを知ったのは石見益田発車後だった。「まつかぜ」の先頭には補機としてD51が付き、カーブに差し掛かると確かに前方にD51の姿が見えた。上り勾配にかかれば蒸機の足音も聞こえた。しかし山口線内は無停車。小郡に着けばあっという間にD51は切り離されて「まつかぜ」はすぐに発車。というわけで、大変悔しい思いをしたことがある。浜田乗車後に、山口線経由であることのアナウンスがあったかもしれないが、翌日の日南線での撮影計画に熱中していて、聞きそびれたのだろうか。

今回ご紹介する写真は、「つばさ」と「白鳥」の2枚である。
①は朝7時ごろ、秋田機関区で出庫準備中の「つばさ」。8時10分に秋田を出発し奥羽本線経由で上野に向かう「つばさ」は、雪の降る中、数人の係員が準備に余念がなかった。この頃は、青森始発の羽越本線経由大阪行き「白鳥」と秋田始発の奥羽本線経由「つばさ」が、秋田駅を8時10分に同時に発車するというので話題になっていたが、心配した通り、降雪の影響で「白鳥」が2分遅れで到着。3分停車なので乗客の「つばさ」への乗り換え対応は間に合ったが、同時発車とはならず、残念な思いをしたのを思い出す。10秒いや5秒でも違えば同時発車の写真は撮れないのだ。先月のコラム「ビスタとあすか」も似たようなことだった。
②はその「白鳥」を羽越本線の越後寒川(かんがわ)~今井信号所(現在は駅に昇格)の山中で撮ったもの。2020年9月7日のコラム「今川信号所と笹川流れ付近のD51」のあの日のことだ。「白鳥」は、誕生時は大阪~青森(北陸・羽越・奥羽線経由)の6両編成と大阪~上野(北陸・信越・高崎線経由)の6両編成を直江津で分割・併合していたが、1966年春には上野編成が上野~金沢の「はくたか」に分離され、大阪~新潟は15両、新潟~青森は11両(上りは新潟で大阪方面に4両増結、下りはその逆)の堂々たる特急列車になっていた。

「白鳥」誕生時に金沢鉄道管理局構内旅客営業協議会が作成配布した「特急(白鳥号)運転」記念券③(60mm×107mm、裏面は時刻表)が手元にあるのでご紹介しておこう。
最後に前回の補足だが、「くろしお・あすか」の記念券は天王寺鉄道管理局が配布したもの④もあるのでご参考までに。(どっちが好き?私は当然名古屋局)


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です