• MY HOBBIES / Kenichi Hamana

パレスチナといっても2000年余にわたるパレスチナ問題を語るわけではありません。
図版①は1995年に作られた「テルアビブ・ヤホロータリークラブ(RC)創立60周年の記念カバー」です。イスラエルの切手が貼られています。国連によってイスラエルの首都とされるこの地は、その60年前にはパレスチナと呼ばれていたはずです。

もう20年近く前のことですが、米国の切手商から1940年ごろのロータリー関係の郵便物(封筒)が段ボール箱にどさっと入っているのがあるが買わないかといわれたことがありました。1200通ぐらいあり結構楽しめそうな感じでした。安かったので彼の来日時に買いましたが、何とその中から、「パレスチナ」の切手が貼られた封筒が2枚出てきました。②の差出元は「テルアビブ・ヤホロータリークラブ」。あて先は国際ロータリーの事務総長で消印の日付は1939年8月6日になっています。①によるとテルアビブ・ヤホRCの創立は1935年ですからその4年後のものということになります。もう1枚③はエルサレムRCが1941年2月5日に米国西バージニア州のクラークスバーグRCに宛てた手紙で、当時のパレスチナの検閲印が押されています。そして内容物が印刷物のみである旨の証明印が押されています。

第1次大戦後国際連盟の決定により1918年から第2次大戦終結まで、中東のパレスチナ地方には「英国委任統治領パレスチナ」という国家が存在し、そこで通用する切手には「パレスチナ」と表示されていました。上記②③はその当時のものです。第2次大戦終結後、国際連合での「パレスチナ分割決議」によりその地域には「イスラエル」が建国され、その後幾多の紛争を経て「パレスチナ自治区」が設立されている、というのが最近の流れです。以下にご紹介する3点はイスラエルになってからのものです。

1955年のロータリー50周年には記念切手の発行はありませんでしたが、エルサレムで記念消印④が使用されました。イベントカバー(記念封筒)に1955年2月23日の消印がきれいに押されています。
⑤はエルサレムRC50周年記念切手(シート)で1979年4月23日の発行です。エルサレムRCの創立は1929年1月22日で、同年3月11日付けでRIに認証されています。同日にはアフリカ・中東地域で最初のRCといわれるエジプトのカイロRCも認証(創立は同年1月2日)されています。カイロRCはわずか20日早い創立ですが先輩RCとしてエルサレムRCに「ロータリーベル(鐘)」を贈ったと記録にあります。この2クラブは私が2018年8月7日のコラムに書いた「ロータリー拡大の立役者」 J.W.Davidson氏の働きかけによって創立されたクラブです。
⑥はロータリー100周年の記念カードです。この時も記念切手の発行はなかったのですが、今流行りの「Pスタンプ」(日本では「フレーム切手」)が貼られています。右半分が切手部分。左半分のタブといわれる部分に「ロータリー100周年」が印刷されています。消印の地は北部の港湾都市「ハイファ」です。ハイファRCの創立は1933年でそのホームページによれば「イスラエルでは最大で、エルサレムRCに次ぐ2番目のクラブ」とあります。


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