• MY HOBBIES / Kenichi Hamana

1965年から1970年のころ、九州北部の筑豊本線には、私の好きなD50型蒸気機関車(蒸機)と、その従台車を2軸に改造し軸重を軽くしてローカル線を走れるようにしたD60型が最後の活躍をしていた。どういうわけか武骨なD50一族(メーカーや製造時期によりいくつものタイプがあった)に私は惹かれ、北は岩見沢や池田、本州では釜石、磐越東西、長野、米原、そして九州の筑豊と訪ね歩いた。蒸機の代名詞ともなったD51型の前、大正から昭和にかけて380両製造され、初めは9900型と称された機関車で、蒸機の形式に動輪の軸数によってCとかDをつける最初の形式に指定されD50となった。100両目が9999からD50100へと改番されてめでたいと話題になったそうだ。筑豊へは貝島炭鉱の機関車を撮影がてら何回か出かけた。
筑豊本線は北九州の若松と原田(はるだ)を直方経由で結ぶ炭鉱地帯を通る亜幹線であった。直方付近は平坦線で筑前植木や中間(なかま)あたりは列車写真に好都合だった。中間付近にいると朝もやの中を北九州への通勤客を乗せたD50231が通過(①)。反対から北九州独特の小ぶりの石炭車(北海道とは積載方式が異なる)を連ねてD50140がやってきた(②)。原田に近い筑前内野と筑前山家の間には冷水峠があって、駅間10.2kmに15分を要した。③は峠の最難所にかかる貨物列車をD50140が牽いている姿。目の前をゆっくりと登っていく姿が力強いドラフト音とともに記憶に残っている。筑前内野付近は山里という感じで、桜の下を峠を下ってきたD60の重連が走り(④)、竹林の脇をD50208が峠を目指していった(⑤)。なおD50140は現在、京都鉄道博物館に静態保存されている。

 


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