• MY HOBBIES / Kenichi Hamana

ヨーロッパでは復活の話も聞く夜汽車だが、日本ではいまや絶滅危惧種となり、東京~出雲・四国のサンライズだけである。
夜汽車というのはそれが蒸機列車から、電機、電車と変わっても、また、行楽であれ出張であれ、楽しい旅の形のひとつだった。そんな夜汽車を写真に撮りたいと、あちこちで試みたがなかなか難しいことだった。ある深夜、C62が牽く特急「ゆうづる」の走行写真を駅のホームの明るいところで流し撮りなら写せるのではないかと試みたが、ダメだった。というわけで、写真①は網走で発車待ちのキューロクがひく旅客列車。でもこの列車は夜汽車ではあるが、日をまたいで走らないので夜行列車とは言えないかもしれない。走行中を撮るには、列車が何かわからなくなるが、窓の光の流れを写そうと、ある幹線の、人も車も来ないような踏切を探して長時間露光で撮ったのが②。

たまには夜汽車の思い出をふりかえろうと思ったが、写真は他にない。何か・・・そうだ私の鉄道切手コレクションに、素晴らしい夜汽車の切手があったぞ、と、探し出してみた。それが③。フランスが2年半前、オリエント急行(パリ~イスタンブール)運転開始150周年の記念に発行した、小型シートタイプの切手だ。三日月に照らされた野を蒸気機関車の牽くオリエント急行が走っている。フランスのパリからトルコのイスタンブールに向かっている。エッフェル塔とアヤソフィアがそれを示している。
切手の世界でも夜汽車を描いたものはそう多くない。日本には数年前に「日本の夜景シリーズ」なる切手が発行されたが、夜汽車の切手はいまだにない。ベルギーの切手にはデルボーが描いたオーステンド港駅の夜汽車④がある。この切手はベルギーの鉄道150周年記念小型シートにも採用されている。オランダの昨年のクリスマス切手⑤には夜汽車が登場した。アメリカの夜汽車は少ないが、ジャマイカが1920年代の夜汽車⑥の切手を発行している。鉄道発祥の地の英国では、ロンドン・キングスクロス駅で発車を待つ夜汽車の姿⑦が描かれている。列車はエジンバラへ直行する「フライングスコッツマン」、機関車はA3型と思われる。
夜汽車は小説の舞台にもなった。アガサ・クリスティーのオリエント急行殺人事件が英国で切手になった⑧。不気味ですネー。スロバキアではブショレフ~ストラスケの夜行急行を描く切手⑨が発行されている。スエーデンの夜行列車⑩は1両目に郵便車をつないで快走している。中国では雪景色の中、運転席にも明かりが映える重連の東風型ディーゼル機関車に牽かれた夜行急行が走り、後方の立体交差上の線路には前進型大型蒸機が前照灯を光らせて駆けている⑪。

③のフランスの切手が発行されるまで、私の夜汽車一押しはポーランドの「鉄道員の日」の2枚⑫だった。輝く星の下、信号の彼方に夜汽車が走り、60grの切手では夜行急行が駿足を飛ばしている。この2枚はプルーフ⑬も手に入ったので掲載しておこう。

最後に実逓カバーを1枚⑭。上方に「夜行列車スーラバインで送る」と、赤字で書かれている。左下のゴム印には「バタビア~スラバヤジャワの夜行急行列車」の文字がある。1936年当時のオランダ領インド(現・インドネシア)でバタビア(現・ジャカルタ)からの夜行急行一番列車の郵便車に積み込まれた手紙であろう。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です